あれやこれや自分のための覚書

ニテコ池

ニテコ池

ニテコ池は、南北に並ぶ3つの溜池で、このあたりは真土が採れ、室町時代に西宮神社の大練塀を作るときに使用されたという。
土を掘り出した跡に水が貯まり、池になったと言われている。

また、その掘った土を神社に運ぶ際の「ネッテコイ、ネッテコイ」という掛け声から“ニテコ”となり、この池をニテコ池と呼ぶようになったという説がある。

池の西の小高い丘が名次山で、その一番北に名次神社がある。
元々、名次神社があったのは今の西田公園あたりだったと言われているが、現在の地に祀られるようになったのが明治時代。

ここは野坂昭如の「火垂るの墓」の原風景としても有名。
野坂昭如氏が生活した防空壕もこの辺りにあったことが確認されている。
2019年、これらの状況を調べ「火垂るの墓の記念碑」を建立したいと活動しているグループもある。➡︎

またこの名次山の一角には、松下幸之助氏の住居があった。
近年は池の周りもマンションが増えて来たが、静かな池の周りはウォーキングやランニングをする市民の姿も多く見える。

阪神淡路大震災でも大きな被害があったが、2009年に西宮夙川ロータリークラブが震災復興を記念して池の周りに桜が植えられている。

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